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永遠の日本橋マップ

始めて日本橋に出掛けた頃、親父に鉱石ラジオの部品を買って貰った。

10歳頃

 

高島屋別館から南に日本橋3南交差点(あんなに広くはなかった)を越えた辺りから、

堺筋両側に小さな部品屋さん(雑多な)が並び、その内でも大電社、とニッコーが

オムロンとナショナルを専売に兄弟でがんばっていた。

大方の店は五階百貨店当たりで終わり、後は得体の知れない(その時は)店が並んでいたが、

東京真空管商会は今のところにあり、親父さんが亡くなってしばらく閉まっていたが、

甥子さんが継がれたようで、以前の雰囲気のまま残っていた。

デジットは他の方が運営されていた(資本関係は不明、今は恵比寿2丁目のアルキ商会さんをやっておられるようだ)

私がデジット離れをしたのは小柄メガネのマウンテンバイク兄ちゃんが、商売とは云いながらわめき散らす、

BGMをフルボリュームで流す、耳が耐えられなくなり、耳栓をして時折覗く程度になってしまった。

今のシリコンハウス共立はその前三協電子部品だつたかと言う部品屋さんがあり、久門一門の集会所でもあり、

その後「蘇さん」が共立グループを作って、経営は各店に任せておられたそうな?

その中の1人がデジットを管理され、週一の夜行くと売り解配分(だったろうと勝手に思っている)に出くわす事があった。

モウチョット北に行ってイカ亭の横の細い階段を上がるとスーパービデオがあり、電話関係の技術参謀、麻薬取締官(お客)さんなどとお話が出来面白かった。

このころは、バシの半主との云われ、知らないのはモグリだとも云われた時代もあったが、

「自分では特に何もした覚えがない、話は勝手にふくれて行くものと判った、だから本名は絶対に書かない事にしている」

一時恵比寿の近くだったが最近はテクニカル三洋さんのお隣らしい(三協電気さんがやめられて独立したらしい)。

最後に、イズミの丁度真向かい 今は買い取りマックスらしいが、その前に電化店ビルがあり、さらに前には

特殊無線電機というジャンクやさんがあり、NTTや三菱電で廃棄された高周波用部品が並べてあり、

売ってる人には判らないが、非常に貴重なものもあった。

店をやめられて、のっぽビルの最上階に仮店を作って、(廃業届済み)訪ねて来る人と、会話をたのしんでおられたような・・ 今はどうされて居られるのか、後の奥さんは若かったので、子供さんもおられたような、余り店には出てこられなかった。


コメント(2) 

コメント 2

nobcha

こんばんは、ポンバシの主だったと言うことで、すごいですね。
ワタシはそのころ特殊無線が仕入れてくるBK出入りの故銅屋さんと仲良くして6360とか2E26などを一本100円で買ったりしてました。

by nobcha (2012-07-21 19:50) 

nekonoko

こんばんは
キット、どこかでお会いしているはずですね。
by nekonoko (2012-07-23 00:09) 

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